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新潟・越後の名勝・奥の細道の「市振」 

新潟県の糸魚川から国道8号線を西進するに従って、岩壁のような山塊が迫ってきますが、此処は名勝でも有る「親不知」ですが、更に西へ進むと新潟と富山の境に当たる「市振」というところに出ます。

間もなく国道に面して「市振の関」や北陸本線の「市振駅」が見えてきますが、特に旧道に当たるところに市振集落があって、大昔は親不知の難関をはるばるやってきた旅人達は此の地で胸をなでおろし、休泊していたところでもあります。

そして、此の「市振」の地名は、江戸時代に松尾芭蕉が通って「奥の細道」の記録と其の句と共に登場してくるところとしても有名です。
その句といえば、「一家(ひとつや)に 遊女もねたり 萩と月」という名句です。

此処で芭蕉は、「遥々と親不知を越えてきた私とコレからお伊勢参りに向かうという女性二人が、一夜の宿で同宿するというのは奇遇なり」と言って、其の成行きを奥の細道には事細かく記載してあるのです。

此の時の芭蕉は、芭蕉は糸魚川から親不知の難関を通って夕刻頃には市振に到着し、当時の旅籠(はたご)であった「桔梗屋」というところに宿泊したとされています。

現在は、其の「市振の関所」跡と「桔梗屋」の跡が、看板に記され残されています。